こんにちは、Linです🌸
東京最強のパワースポットはどこ?なんて言っても、神社には祀られている神様がそれぞれ違いますし、パワースポットにも相性の良い悪いもあると言います。
ご利益も開運・厄除・縁結び・交通安全・安産などなど…
あちこちのパワースポット・神社巡りについて、シリーズその④、今回は東京・青砥にある「立石熊野神社」。
こちらの神社のご利益は縁結び・家内安全、厄除け・病気治癒です。
🌸立石熊野神社
立石熊野神社(公式サイトはこちら)は、平安時代の中期(西暦1000年ごろ)に創建された神社。
八咫烏
東京で八咫烏をシンボルにお祀りしている神社(熊野神社)を探して調べたときに出てきたのが立石熊野神社。
自宅から少々遠かったのですが、東京に1社しかない安倍晴明ゆかりの神社とは珍しいということで行ってまいりました。
八咫烏は三本足の大きな烏(カラス)の姿をした神様。太陽の中に住む霊力を持つ鳥です。
神武天皇が東征で熊野から大和国へ向かったとき、山中で道に迷いました。
しかし夢に現れた天照大御神が八咫烏に命じて先導、旅は順調に。そこから「導きの神様」とされています。
熊野という土地
熊野神社は全国に約三千社、東京では七十社あります。
熊野神社の総本社は紀伊の方、和歌山県田辺市にある熊野本宮大社(公式サイトはこちら)。
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紀伊といえば熊野古道が有名ですね。この熊野古道というのは熊野本宮大社に向かう道。
このうち世界遺産登録されたルートは3つ。
高野山とを結ぶルート(小辺路)、新宮を結ぶ海岸線ルート(大辺路)、田辺とを結ぶルート(中辺路)です。
熊野三山
熊野本宮大社に、熊野速玉大社(公式サイト)、熊野那智神社(公式サイト)の2つの神社を合わせて総称したのが熊野三山です。
元々修験者の修行の地だった熊野三山への信仰は、西暦907年の宇多上皇の本宮参詣から皇族、武士、庶民の間にも広まり「一生に一度は熊野詣をするもの」とたいへん流行しました。
熊野信仰は神仏混淆で、熊野三山で祀られている三社を熊野権現といいます。
熊野権現
熊野本宮大社の御祭神は家都御子神(阿弥陀如来)
新宮にある熊野速玉大社の御祭神は熊野速玉男神(薬師如来)
熊野那智大社の御祭神は熊野牟須美神(千手観音)
後由緒
御神体
立石は古墳群があったり霊石として有名な立石(立石の地の由来)があるなど、
古代石を中心とする文化の町として栄えた地域です。
立石熊野神社のご神体は長さ約70cmの「神代の石剣」なのですが、石の剣は関東地方では極めて珍しく信仰の的でした。
御祭神
伊邪那岐大神(縁結び・家内安全):
日本の国産みの神であり、天照大神の父神です。
速玉男大神 事解雄大神(厄除け・病気治癒):
速玉男大神は熊野権現のうち薬師如来です。
この世の人々の疾病治癒・寿命を伸ばし、災禍を消して衣食などを満足させたいと仏になった存在です。
安倍あべの晴明せいめい(921年〜1005年)ゆかりの地、立石
平安時代、陰陽師として最も名を馳せたのが安倍晴明です。
当時最先端の呪術や科学だった天文道や占いの知識を持っていた晴明は数々の伝承を持つ人物。
かつて華山上皇が那智の山中で修行されたとき天狗の妨害があり、晴明の祈祷で天狗を封じ込めることで上皇は修行を無事に終えられました。
その後、安倍晴明は華山上皇に伴って那智熊野で3年間滝行と山籠りをしました。
それから清浄なる聖地を求めて旅に出られ、ふと立ち寄った立石の地を選定。熊野大神が勧請されました。
晴明神社は生誕地とされる大阪市阿倍野区や、京都の一条戻橋近くにもあったりするのですが
東京都内で安倍晴明ゆかりの神社は唯一この神社のみ。葛飾区内で最も古い神社です。
五角形の境内
立石熊野神社は東に流れる中川の中洲にあります。この一帯は、ずいぶんと水害に悩まされていました。
そこで安倍晴明公は陰陽五行説に基づき、三十間五角(一辺が約55mの正五角形)という正五角形の境内地に結界を張り巡らせました。
(敷地内には神社と、都内初になる神社付属幼稚園「熊野幼稚園」(1949年〜)があります。)
陰陽道とは?
陰陽道の起源は紀元前二千年の古代中国。西暦400年頃、日本にもたらされました。
自然界にある全てのものを「陰」と「陽」に分けて考える「陰陽思想」、
自然界は「木・火・土・金・水」の五つの要素から成ると考える「五行思想」が統合されたものです。
木・火・土・金・水の5つの元素の働きの相克を表しているシンボルの五芒星は陰陽道で「魔除けの呪符」です。
陰陽道以外にも、歴史的に確認されているもっとも古い五芒星の用法は紀元前3000年頃のメソポタミアだそうで、
その後もバビロニアやエジプト、西洋魔術でも使用されていた魔術的シンボルでもあります。
安倍晴明が編纂した「三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集」は、日と月の運行と気の循環によって占うという陰陽師の秘伝書。
タイトルにある金烏は太陽、玉兎は月をあらわします。
金烏というのは中国に伝わる3本足の金の烏(太陽の化身とされる)、つまり八咫烏ですよね?
新月夜参り・満月夜参り
新月は新たな創造のエネルギーに満ち溢れ「新しいことを始める」、「物事をスタートさせる」には最良な日です。また、満月は月のエネルギーが最大になり、古代より「完成される日」とされ、祝いの儀式の目安の日とされてきました。
http://jinjya.kumano-kids.com/?page_id=208 立石熊野神社公式サイトより
新月は「願い事をする」、満月は「感謝する」のに最適な日。その日の夜に特別祈祷をするというもの。
新月参り、満月参りは各12回(年間)あります。(スケジュールは公式サイト参照)
19時から受付開始の夜参り(20時から)、5000円が初穂料です。祈祷時間は約40分。
立石熊野神社へのアクセス
〒124-0012
東京都葛飾区立石8丁目44−31
電話: 03-3693-5623
電車の場合:青砥駅から徒歩10分です。北西側に裏参道の鳥居があるのですが、南側の表参道から参りましょう。
車の場合:駐車場あります。
参拝
手水舎
手水舎は参道の右手にあります。
立石熊野神社は1776年に菅原道真公の木彫像を奉納されているため、神社の敷地内に天神社があります。
願掛けの「なで牛」は手水舎の横に。
(ちょっと不思議な雰囲気ではあります)
手水舎の作法
① まずは柄杓で左手に水をかけ、次に右手に水をかけます。
② 左手に水をためて口をすすぎ、口に手を当てて隠して水を出します。
③ 口をつけた左手を再度水で流し、最後に残った水で柄杓の柄を流します。
浅間社
浅間社は富士山信仰の神社です。
富士山を神格化した浅間神を記紀神話(古事記と日本書紀で語られる日本神話のこと)にあらわれる木花之佐久夜毘売命とみてお祀りしている神社です。
全国に1300社あると言われる浅間神社の総本社は、富士山本宮浅間大社です。(公式サイトはこちら)
古札納所
浅間社の隣にある鳥居をくぐると菅原道真の天神社があります。
さらにその奥には古神札納所が。
古札返納の条件
1月は三ヶ日にお焚き上げがあるので、12月には古神札納所が設置されます。
返納の条件は神社の授与品(お守り、お札)であること(ダルマなどはダメ)と、燃えるもののみとのこと。
おみくじが入っていた陶器などはダメとのことです。
拝殿
それでは拝殿へ向かいましょう。
神拝詞(となえことば)
神拝詞(となえことば)は、
「祓え給い 清め給え 神ながら 守り給い 幸い給え」です。
参拝の仕方
お賽銭を入れ、
神拝詞を3回唱えた後、
2拝(腰を90度に折り頭を深くさげます)、
2拍手(両手を胸の高さで合わせ、右手を少し引き、両手を肩幅に開いて2回手を打つ)して両手を合わせて日ごろの感謝と祈りをこめ、
1拝(両手をおろして腰を90度に折り、深く頭をさげる)です。
最後に会釈をして退きます。
御神木・夫婦楠
拝殿の右と左には御神木の楠があります。
樹齢350年であり、葛飾区登録天然記念物に指定されています。
2本の御神木は同じ高さで御社殿を中心に寄り添う姿が夫婦を連想させると「夫婦楠」と呼ばれています。
社務所
拝殿の左手奥に社務所があります。
授与品、御朱印はこちらへ。
ご神紋
正五角形が八咫烏を囲んでいるのは、安倍晴明公の陰陽五行説にしたがって五角形に境内がかたどられているところから。
授与品
陰陽道ゆかりの神社ということで、色々と変わった授与品があったので、その一部について書いてみます。
「晴明神札」800円
「満月」の日より「新月」の日までの期間のみ頒布する方位除け・厄除けの安倍晴明のお神札。
「神の麻 お祓い幣」3000円
祓い清めの力が強く、邪気を払う魔除けとして珍重されてきた麻、精麻を使用して作られたお祓い幣です。いつでも、どこにいても自己祓いできるとのこと。
安倍晴明御朱印帳
御朱印帳には八咫烏の御神紋のもののほか、安倍晴明が描かれた大判の御朱印帳(上質紙使用)もあります。
京都の晴明神社で昔いただいた御朱印帳はシンプルな五芒星のみが載ったものだったので、安倍晴明がかっこよく描かれた御朱印帳は珍しいかも。
御朱印
新月・満月の日限定御朱印(見開き、月なのでキラキラしたデザイン。800円)のほか、カラフルな月替わりの御朱印(500円)も。
通常盤は300円です。
そういえば、京都の節分祭で10箇所の寺社をまわったことがあるのですが、
その際に縁結びと安産・病気平癒の熊野神社(左京区聖護院)でいただいた書置きの御朱印は八咫烏の飛ぶ国産みのイラストでした。
京都の節分祭に行った時の記事はこちら(熊野神社の御朱印の写真もあります)
Lin🌸